ご挨拶
リアルハプティクスの時代を拓く
ハプティクス(haptics)という言葉を初めて耳にされた方も多いのではないでしょうか。
このギリシャ語由来の造語は20世紀においてはnonverbal communication (言語に依らないコミュニケーション) 分野などにおいて使われてきましたが、次第に力触覚の伝送や記録に重きを置く理工学的な意味合いが強くなり、今や感覚通信の最先端分野として世界中で研究や開発が行われるようになりました。慶應義塾大学は2002年に世界に先駆けて鮮明な力触覚伝送に成功したことをきっかけに、関連研究のさらなる高度化を目指して2014年にハプティクス研究センターを設立しました。
人間の五感は刺激により生じる感覚を表しています。感覚そのものは私たちの心の中に存在するので定量的に扱うことは困難です。そこで、感覚を生じる元となる刺激を物理量として計測して利用することにします。例えば聴覚そのものを伝送するのではなく、聴覚を生じさせる音圧の変化を計測して遠方に伝送するのが電話で、音圧という刺激を物理量として計測してデータ化して遠方に通信しています。聴覚という感覚における刺激量は音圧の変化でした。力触覚という感覚は対象との機械的な接触によって生じる感覚です。それではこの感覚を生じさせる刺激はどういう物理量で、その基本単位量は何であり、どうしたら定量的に扱えるようになるのでしょうか。ごく最近までこのような疑問に明確な説明を与えることはできませんでした。私たちハプティクス研究センターの活動はそのような基本的な研究から力触覚の応用研究に至る幅広い分野を網羅しています。特に、実世界、および仮想世界あるいはその両方に存在する対象との接触により生じる力触覚刺激を定量化して利用する技術を総称してリアルハプティクス®といい私たちの主な研究分野になっています。リアルハプティクス®が確立すると、仮想空間の対象との接触により生じる力触覚を扱うことは難しいことではありません。
力触覚は接触する対象があって初めて生じる感覚ですが、同時に接触対象の性質をも表します。例えば、接触対象が「硬い」あるいは「ざらざらしている」といった感覚は対象の性質そのものでもあります。このことから力触覚を生じる刺激を表す物理量(これを単に力触覚と表すこともあります)は同時に対象の性質をも表していることがわかります。遠方の対象に接触することで得られる力触覚(刺激量)を手元に伝送すれば、遠隔の対象に直接触れているように感じられるはずです。遠隔操作を含むこのような応用分野を総称して力触覚伝送技術といいます。力触覚を伝送する技術を援用することで人間の動きをすべて記録することができます。聴覚における録音や視覚における録画と同様に力触覚においても記録が可能です。録音の再生にスピーカーや録画の再生にTVモニターを用いるように、記録された力触覚はロボットなどの人工機械で再現することができます。そのとき人工機械は元になった人間の動作を再現してくれます。このような応用分野を力触覚再現技術といいます。この技術は動作も再現するので動作再現技術といっても構いません。しかしながら、単純な再現ではなく、人間の持つ力加減も同時に再現します。人間は接触した瞬間に接触対象に合わせて力加減を行う能力があるので豆腐のように柔らかいものから金属ブロックのような硬いものまで把持できます。ロボットによる動作再現時には接触対象の性質に合わせることができるのです。さらに記録された力触覚データに人工知能を適用することでロボットが自律的に対象に合わせた動きをすることが可能になります。つまり、これまで難しかった優しい動きや器用な動きがロボットでも可能になるのです。このように、リアルハプティクス®を実装することでロボットが一段と進化することがわかります。
21世紀は少子高齢化が一段と進みます。私たちのQOL(quality of life : 生活の質)を高め、豊かで生きがいのある21世紀社会にするためにはロボットのような人工的な存在を産業分野、医療・福祉・介護・看護分野、農林水産畜産分野など社会のあらゆる分野に実装していかなくてはなりません。リアルハプティクス®はそのための鍵技術になると考えています。慶應義塾大学ハプティクス研究センターは多方面において研究開発を進めながら、理想の実現に向けて努力を積み重ねて参ります。
リアルハプティクス® 、IoA®はモーションリブ株式会社の所有する登録商標です。
ハプティクス研究センター
センター長 大西 公平
MEMBER
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斉藤 佑貴Yuki Saitoハプティクス研究センター
特任助教 博士(工学) -
浅井 洋Hiroshi Asaiハプティクス研究センター
特任助教 博士(工学) -
ディシルワ ディワダラゲーカスンプラサンガDiwadalage Kasun Prasanga De Silvaハプティクス研究センター
特任助教 博士(工学) -
村上 俊之Toshiyuki Murakami理工学部
システムデザイン工学科 教授
理工学部長 -
山中 直明Naoaki Yamanaka慶應義塾大学
特任教授 -
野崎 貴裕Takahiro Nozaki理工学部
システムデザイン工学科
准教授